教室の扉を開けると三十のマスクが一斉に私を見た。みんなキョトンとした目をしている。生徒達の机は距離を取った市松模様だ。
新型コロナウイルスの影響で休校が四か月近く続いてきた。六月末なのに未だ一度も新年度の生徒達と顔を合わせていなかったのだ。
学校が再開し期待と緊張とが入り混じった昼食指導。マスクを外す食事の際には配慮が必要だ。声を発してはならない。教卓の私の方を向いて食べる。生徒達の目が語っている。
(高校生にもなって先生とお昼御飯なの?)
シーンと静まりかえり、段々息が詰ってくる。ふと男子生徒のコンビニサラダが目に留まった。私は自分のサラダを持ち上げて示した。
(同じ店で買ったサラダを食べているな!)
その生徒も笑顔で同じポーズを返してきた。
(オレ、これ好きなんっすよ!)
大きなおにぎりを頬張る男子がいる。私も無言で頬張る仕種をした。その生徒は照れくさそうに微笑んだ。こんなやりとりに周りの生徒達も気づき始めた。女子生徒達が顔を見合わせて声を出さずに口をパクパクさせている。
(先生、何してるのかなぁ?)
私は割り箸を割った。すると数人の生徒が同じジェスチャーをした。そこで私が頭の後ろに手をやると、もっと多くの生徒達が真似をした。笑顔がゆっくりと教室に広がっていく。私は正面を向いたままでペットボトルを掴もうとしてゴロンと転がしてしまった。ドッと笑いが起こって、みんな一斉に口をおさえた。食事が済むと軽く手を振って教室を後にした。
職員室へ戻りながら廊下でつぶやいてみる。
「やっぱり、これだな!」
生徒達の笑顔で元気注入。力が全身に充ちてくる。自粛生活はまだしばらくは続くだろう。でも、みんなで力を合わせれば必ず平穏な生活は戻って来る。その時にはみんなで車座になってお互いの顔を見ながらごはんを食べたい。そして今日の昼ごはんのことを想い出して、今度は大きな口を開けて笑い合いたい。
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審査員特別賞 | »小学生部門賞 | »中学生・高校生部門賞 | »18歳以上部門賞 |
本田 亮さん(国連WFP協会理事 クリエイティブディレクター・環境マンガ家)
主人公である先生の受け持つクラスの温かい雰囲気が手に取るようにわかり、コロナに打ち勝とうとする前向きな心が微笑ましく感じた。徐々に心を開いてくる生徒たちの笑顔がよく見えて思わずこのクラスの一員になりたくなる。
コロナが終焉した時にきっと生徒たちと車座になって食べるお弁当はとびきり美味しいのでしょう。
食に対する素晴らしいメッセージだと思います。