「ひどいことを言ってしまった。」わかっているけれど、「ごめんなさい」の言葉は心のとげとげにつっかかって出てこない。
母が入院した一週間と少しの間、父と二人だけで生活した。食事とお弁当は父が作ってくれたけれど、からあげは固いし、卵焼きは甘すぎる。食べる度に母がいないと実感してイライラするのだ。晩ご飯は必ずからあげと卵焼きで、その残りが私のお弁当になる。
ある日、私がお弁当をほとんど残して帰ると、父は具合が悪いのかと聞いてきた。私は食欲がなかったと答えて、晩ご飯も残した。それでも父はしつこくて、少しでもいいから食べなさいとうるさかった。
「うるさいな!だってまずいんだもん。それにいつもいつも同じだし!」
一気に言ってしまってから後悔した。怒られるとかくごしたけれど、父は
「ごめんな。」
と言ったきり何も言わなかった。
次の日学校にいる間ずっと、夕べのことを後悔しながら過ごした。帰宅して重たい気持ちで玄関のドアを開けると、ふわっと良いにおいがして、笑顔の父が立っていた。
「今日はミートソースだぞ。」
机の上には、丸くて真っ赤でお日さまみたいなミートソースが二つ並んでいた。一口食べたら、甘ずっぱくておいしかった。おいしいのに涙があふれて止まらなかった。一緒に泣き出しそうな顔をしている父に、
「おいしいよ。」
と泣き笑いで言うと
「よかったー!お母さんに電話して教えてもらって、朝からがんばったんだぞ。」
と得意気に言った。私は泣きながら全部食べて、言えなかった「ごめんなさい」も言えた。
あれからずっと、父の得意料理も私の元気ごはんも、あのおひさまみたいなミートソース。それを食べる度に私は、甘ずっぱくて温かい気持ちになるのだ。
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湯川 れい子さん(国連WFP協会顧問 音楽評論家・作詞家)
「ひどいことを言ってしまった。」わかっているけれど、「ごめんなさい」の言葉はとげとげにつっかかって出てこない。と言う文章の出だしから心を掴まれて、最後に泣きながら「おいしいよ」と、お父さんが作ってくれた太陽のように真っ赤なミートソースを食べるシーンでは、思わずポロリと泣いてしまいました。文章力もお見事でした。
目に浮かぶような父と子の姿。本当に素敵な親子の愛の交(かよ)い合いに、ありがとう。