WFPチャリティー エッセイコンテスト2023

入賞作品発表

18歳以上部門賞

母娘のお赤飯
埼玉県
見澤 富子さん

 娘が流産の事実を伏せていた。臨月だというのに連絡をよこさず、電話にも出ない。ラインをすれば『大丈夫』と返すだけ。予定では三月一日に帝王切開の手術を受けるはず。だから私は疑わなかった。何も疑わず、お赤飯の準備をした。
しかし、である。出産の日。呼び鈴が鳴って驚いた。玄関になぜか娘がいた。出産は?赤ちゃんは?何より驚いたのはげっそりと痩せこけた姿だった。
「お母さん、ごめんなさい。私、赤ちゃんダメだった」
娘は泣き崩れた。突然のことで私も何と言っていいかわからない。
どうやら妊娠23週で心拍が確認できず、死産していたらしい。私に心配をかけまいと娘はずっと黙っていた。そんな娘を抱きしめたまま私も言葉がなかった。がんばったね。つらかったね。頭ではそんな言葉が浮かぶのにどれも娘を傷つけてしまいそうで言えなかった。
しばらく沈黙が続いたあとだった。娘の腹が鳴った。ちょうどキッチンからは炊きたてのお赤飯の香りが漂う。でもこんな時にお赤飯なんていくら何でも不謹慎。しかし娘はお赤飯が食べたいと言う。
「いただきます……」
私たちは食べた。一心不乱に食べた。亡くなった赤ちゃんを思うと悲しくて。娘を思うとやりきれなくて。全神経を食べることに集中させた。すると「やっぱりお母さんのお赤飯は美味しいね……なんか元気出た」と娘。その表情を見るなり、胸が熱くなって、洗い物をするふりをしてこっそり泣いた。泣きたいときも、笑いたいときも、お赤飯が要る。
この日娘と食べたお赤飯は涙でしょっぱく、ほろ苦く、でも最高に美味しかった。

  • 【選者のコメント】
    忍足 謙朗さん(国連WFP協会理事 WFP国連世界食糧計画 元アジア地域局長)
     辛い出来事があっても、また前を向いて進もうという気持ちが強く感じられるエッセイだ。「娘を思うとやはりやりきれなくて。全神経を食べることに集中させた。するとやっぱりお母さんのお赤飯は美味しいね…なんか元気出た」と娘さんの優しい言葉。私は世界の紛争・災害地を国連WFP職員として渡り歩いて、心痛む家族のドラマもたくさん見てきた。「せめて温かい食事を家族で食べて、明日に向かって生きてくださいね」という気持ちで食料支援を届けたことを思い出させてくれる作品だ。
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