やさしくてあまーい香りが、玄関ドアのすき間を通り抜けて、母よりも一足早く、私を「おかえり」と迎えてくれる。牛乳と卵とパンの香り。でも、バターの香りはしないから、フレンチトーストじゃない。お母さんのお母さんのお母さん―私のひいおばあちゃんから続く味、パンプティングだ。ドアが開くと、母の笑顔と一緒に、パンプティングの優しい香りに、私は包まれた。
「ひいおばあちゃんの時代には電子レンジなんてなかったでしょ?おばあちゃんの時もレンジにスチーム機能は付いていなかったから、ずっと蒸し器で作ってたんだよ。」
パンプティングを作る度に、毎回その話をする母も、レンジもオーブンも使わず、おばあちゃんたちと同じ様に、蒸し器でパンプティングを作り続けている。その理由を聞いたことはないが、私は最近分かってきた。
「蒸し器で作った方が美味しいから?」
多分、そんなに変わらないだろうから違う。
「蒸し器の方がふんわり仕上がる?」
それはあるかもしれない。でも、理由はそこではない。
私にとって、母の味は何だろうと考えた時、それは、決して味の記憶だけではないことに気付いた。湯気と共に家中に広がる、牛乳と卵のあまーい香り。蒸気がお鍋の蓋を押し上げて、カタカタ鳴らせている音。そして、立ち昇る湯気の向こうでほほ笑む、母の姿。
母も祖母も、きっと、この香り、音、温かい空気を、ずっと大切に受け継いで来たのだ。
二十年後、三十年後、生活は今よりもっと便利になっているだろう。それでも、私はきっと、相も変わらず、蒸し器をカタカタ鳴らしていることだろう。
湯気の向こうから、「ご名答ー」と、ひいおばあちゃんの声が聞こえたような気がした。
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本田 亮さん(国連WFP協会理事 クリエイティブディレクター・環境マンガ家)
誰もがレンジで料理する時代に、どうして昔ながらの方法でつくる料理が美味しいのかを考えたこの作品。ビックリしたのはその丁寧な分析力です。普通に暮らしていたらなかなか気づくことができない3つの要素をよく発見してくれました。手間がかかっても子供に美味しい食べ物を食べさせたいという母の愛が何代も引き継がれていることの素晴らしさ。パンプディングの甘い香りが漂ってきそうで、とても温かい気持ちになる作品でした。