ここは病院。今日も寝たきりの祖母を見舞う。かれこれ病室に半日いる。気持ちは沈んでいる。でも腹は正直だ。細い声を出すようにキュルルルルと鳴った。近くにコンビニもある。買いに行けばいくらでも好きなものが手に入る。でも足が向かない。だって祖母をひとりにしたくなかった。それだけだ。脳梗塞で倒れて延命をしないと決めた。こんなかたちでいのちを終わらせるなんて。僕には理解できなかった。まだ温かい祖母。声にならない声で何かを訴える。その目は食事を欲していた。きっとそうだ。涎がそう言ってる。「ばあちゃん、悪いな。本当に悪いな」もう泣くしかなかった。祖母はよく言っていた。「歯があるうちに好きなもん食っておこう」と。それを思い出して祖母を見る。まだ歯があるじゃないか、ばあちゃん。悔しくて切なくて歯がゆくてわんわん泣いた。すると祖母が骨っぽい手で私を撫でた。この手はよく僕に握り飯を作ってくれた手。弟をいじめてひっぱたいた手。そしてくっついた米粒も口に頬張った手。そのときだ。祖母が視線を棚に送った。もしかして。棚を引っ張ると祖母が愛したふ菓子があった。いつのふ菓子かわからない。でも手を伸ばした。そのときのふ菓子はこれまでで一番甘かった。そして祖母亡きあと私は介護士になった。祖母のように延命はしないとされた方もいる。でも私はここでやりたいことがあった。できるだけ口から食べものを摂取できるようにしたい。まだかけ出したばかりだ。模索し、行き詰まり、それでも今日も腹が減る。そんなときにふ菓子が力を与えてくれる。祖母の優しさが目に浮かんでくる。
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竹下 景子さん(国連WFP協会親善大使 俳優)
人生の最後、ろうそくの炎が消え入る前に赤々と輝くような瞬間が訪れる、と聞いたことがあります。潤さんにとって、最愛のお祖母様の看取りもそのように温かな魂の交歓だったのでしょう。「腹は正直」。そう、どんな時でもお腹は空く。お祖母様にも潤さんのお腹の鳴る音は届き、掌と眼差しでふ菓子のありかを教えて下さった。その記憶が介護士として歩み始めた潤さんの背中を後押ししています。「食べることは生きること」。潤さん、これからも頑張ってください。